本格的な議論の始まり(マタイ22:15-22)-2020. 10. 18. 聖霊降臨後第20主日 > 説教

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本格的な議論の始まり(マタイ22:15-22)-2020. 10. 18. 聖霊降臨後第20主日

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作成者 최고관리자 作成日20-10-24 17:21照会111회 댓글0건

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ルターの宗教改革の始まりは、1517年10月31日、ルターがヴィッテンベルクの城教会の門の扉に95か条の論題の文書を貼りだしたのが発端になったと思われています。そして、私はルターが95か条の論題を通して指摘したのは、ライプツィヒ討論によって人々に詳しく知らせ始めたと思っています。討論の争点は、教皇と聖書の権威、煉獄、免罪符などでしたが、この討論で、ルターの主張は、人々を説得するに十分でした。そしてルターは、宗教改革の英雄として浮かび上がります。これによって、ルターを相手にしたジョン・エクは、教皇にルターの破門を求め、約2年後にルターは、ヴォルムス帝国議会で破門をされました。私の考えでは、このライプツィヒでの討論は、ルターの主張が正しいのか正しくないかについて判断するための討論ではなかったと思います。この議論でルターの主張の方がより説得力がありました。しかし、教皇庁はルターを帝国議会に呼び、破門したのです。最初からルターの主張を聞いて、判断してみる気はなかったのです。

今日の福音書でも、これと同じ場面が出てきます。
マタイによる福音書22章には、今日の福音書を含めて、イエスさまと当時の権力者たち(ファリサイ派人とサドカイ派)との議論が3回記録されています。ところが、この議論の主な目的は、イエスさまの言葉じりをとらえて、罠にかけさせることがこの議論の目的でした。だから権力者たちは、当時の話題になっていた3つの課題をイエスさまのところに持ってきます。
第一は、今日の福音書に書かれている皇帝に税金を納めることについてです。
第二は、サドカイ派の復活の主張に対する問答です。
第三は、最も重要な掟が何なのかについてです。
この3つの質問にイエス様は、相手が言葉じりをとらえられないほど、素晴らしい答えをなさいます。そして、イエスさまはファリサイ派の人々に、メシアだと呼ばれているご自分について尋ねます。この質問にファリサイ派の人々の方が言葉じりをとらえ、罠にかけてしまいます。この後、ファリサイ派の人々は、イエスさまをとらえるためにサドカイ派の人々と手を握ります。当初から、イエスさまの答えや主張を受け入れる気がなかったのです。

今日の福音書は、皇帝に税金を納めることについてのファリサイ派の人々の質問です。
これは質問というより、イエスさまを言葉の罠にかかせる意図がある問いでした。このため、ファリサイ派の人々は事前に相談し、自分の弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに送ります。ヘロデ派の人々と一緒に行ったということは、もしイエスさまが税金を納めてはいけないと言われた場合、イエスさまをとらえる意図でした。反対に、イエスさまが税金を納めるべきだと言われた場合、ファリサイ派の人々は、この話を問題するでしょう。当時のユダヤ人たちは、税金の問題にはとても敏感でした。自分の国を奪われただけでなく、税金も払っていたからです。イエスさまの時代より約30年前、ユダという人が、この税金の問題を持って反乱を起こしたことがありました。しかし、この反乱は成功しませんでした。ローマは軍隊を送ってこの反乱を鎮め、反乱の群れを残酷に殺しました。そして税金は、必ず払わなければならない義務だということを警告するために、あちこちに十字架を立てて、反乱者たちを十字架につけました。すなわち、当時、皇帝に納める税金というものは、必ず払わなければならないものでした。

しかし、人々は相変わらず、この税金について不満を持っていました。
恐れによって税金を払っていましたが、自分の国と自由を奪ったローマに税金を払うことが好きな人は、いませんでした。それで、当時の徴税人たちが民に無視をされ、罪人のように扱われていたのです。同時に人々は、神の国を伝える人であれば、預言者であれば、税金を払うことに反対するのだという考えを持っていました。そして、彼らが待っていたメシアが来られれば、この税金のことを解決し、さらにローマまでも征服するだろうという考えも持っていました。このような考えを持っている人々がほとんどでしたので、イエスさまに与えられた質問は、両刃の剣のようなものでした。ファリサイ派の弟子たちは、イエスさまにこう尋ねました。
「どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか(17節)。」

この質問を聞いたイエスさまは、彼らがご自分を試しているということと、自分を罠にかけさせるために、この質問を持ってきたことがお分かりになりました。そしてイエスさまは、彼らに税金に納めるお金を見せなさいと言われます。彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスさまはデナリオンに刻まれている肖像と銘が誰のものかと尋ねられます。そのデナリオンには、皇帝の肖像と銘が刻まれていました。人々は、そのデナリオンの肖像と銘は、皇帝のものだとお答えます。するとイエスさまは、彼らに「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい(21節)」と言われます。

このイエスさまの答えは、税金を納めることに賛成することでも、反対することでもありませんでした。
イエスさまの答えは、対立と共存の真ん中にあるものと同じでした。ルターは、このイエスさまの言葉を「二つの王国」と表現しました。神さまはこの世を二つの王国に分けて、治めておられるということです。一つは、法や剣が要らない福音的な国、もう一つは、法と剣が必要な世俗的な国です。そしてこの二つの国は、全く違うものだと思うのですが、互いに相互作用をしています。世の中には、正しい人だけが生きているのでもなく、悪い人だけが生きているのでもないからです。この二つのグループの人々が一緒に生きているため、神さまは法と剣で悪人を治める世俗的な国を認めておられます。しかし、これだけでは、神の国ではありません。神さまは法と剣が支配できない福音的な国、神さまの正義が治める霊的な国も認めておられます。つまり、神さまは、政府にも、教会にも力を与えてくださったということです。政府は、教会ができないことをするのであり、教会も政府ができないことをするのです。しかし、この二つの国は、対立することもあります。政府が腐敗すると、教会は、腐敗した政府に神の正義を求めなければなりません。反対に、教会が腐敗して罪を犯したら、政府が自分が持っている法と剣で治めるのです。キリスト教がローマの国教になり、教会に権力が与えられると、教会は、腐敗し始めました。すると、腐敗した教会に対抗したものは、ヨーロッパのそれぞれの国の政府でした。逆に、政府が腐敗したとき、教会も沈黙していませんでした。過去にヒトラーの政権や韓国の軍部政権に対抗したところも教会でした。ルターの宗教改革が成功することができたことも、ルターの後ろには、フリードリヒ3世という力を持っていた政治家がいたからです。

歴史的に、この二つの国は、このような役割をしてきて、神さまはこの二つの国を通してすべてのことを導いて来られました。そして、このようなことは、私たち自分の生活の中でも起こっています。私たちは、キリスト教の信仰を持っている信徒ですが、同時に、この世、日本という国に属している人間です。ですから私たちは、この二つの王国の支配を受けているのです。教会に属しているとして国の政府を無視することもできないし、国に属しているとして教会を無視することもできません。神の子として、日本という国の民として正しく生きて行くべきです。この二つの領域を区別し、私たちに与えられた義務に忠実でなければなりません。そして同時に、私たちはこの二つの王国の市民として、間違っていることを見逃してはいけません。

義務に忠実でなければならないということは、ロボットになりなさいということではありません。
この二つの王国に属している者として、どんな状況の中でも、正しく進むことができるように最善を尽くすということです。間違ったことを見逃すのは、忠実なことでも、最善を尽くすことでもありません。イエスさまは、皇帝のものは皇帝にとおっしゃいました。ですが、神のものは神に返しなさいともおっしゃいました。私たちは、クリスチャンとしてこの世の権力を受け入れますが、同時に、権力が間違ったことをしたり、正しくない要求をしたりするときは、その権力に立ち向かわなければならないのです。イエスさまがなさったように、ルターがしたように、私たちもそのようにしなければなりません。このことが真の信者として、真の民として生きることだと思います。今日の福音書でイエスさまは、ファリサイ派の人々と本格的な議論を始められます。そして、この議論は、イエスさまに死をもたらすことの一つになりました。今日の説教の初めに申し上げたルターも、間違いを指摘したということによって破門されました。しかし私は、これが二つの王国に属している人がすべきことだと思います。そして、このようなことによって、私たちの社会と教会が変わっていくと思います。このことに皆さんも一緒に参加して下さい。神の恵みと正義、そして真の愛が皆さんと共にありますように、主の御名によって祈ります。アーメン

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