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説教

(動画)信仰のパラダイム・シフト(マタイ25:31~46)ー永遠の王キリストの主日(2020.11.22)

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作成者 최고관리자 作成日20-11-21 15:21照会17회 댓글0건

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https://youtu.be/lW8OWk1vQ58
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場所:飯能ルーテル教会
司式:笠原光見牧師
説教:李正雨牧師
聖書:マタイ25:31~46
説教題:信仰のパラダイム・シフト

今日は永遠の王キリストの主日です。
この日は、「聖霊降臨後最終主日」ですが、キリストが王として、この世を治められることを求めて、1925年から今日を「永遠の王キリストの日」として行い始めました。1925年、第1次世界大戦が終わった後、ヨーロッパの社会は、貧困と窮乏に立ち向かわなければならないことになりました。そしてそれぞれの国は、国粋主義に陥って、極端な人種差別を行いました。ドイツ人はドイツ人同士、フランス人はフランス人同士、イタリア人はイタリア人同士で団結しました。住んでいる地域と血統が異なると、敵として差別しました。お金と名誉と権力のために、血統と出身によって差別したのです。それほど、戦争がもたらした世界は冷たかったのです。このような世相に反旗を翻したのが「永遠の王キリストの日」です。他のものが最高ではなく、「ただキリストのみ」が最高であるということを示すこと。 ただキリストだけが私たちの王になることができるということを示すことが、この日が決められた由来です。カトリック教会は、極端的な民族主義と差別を越えるという意味においてこの日を制定し、他のプロテスタント教会も一緒に参加しました。

ところが、この日が決められた理由に背くことですが、まもなく、第二次世界大戦が起こりました。1934年、ドイツでヒトラーがナチズム(National socialism)を叫びながらナチスを組織して、第二次世界大戦を引き起こします。ヒトラーが強調したのは、「自分たちが最高の優れた血統だから、世界を支配するべきだ」ということでした。申し訳ないことですが、当時の日本もそんなに違わなかったと思います。一等国を闡明した国々は、戦争を起こし、それによってより多くの国々が戦争の中に引き込まれて被害を受けました。「ただキリストのみが王だ」と叫んでいた当時の教会も分かれて、一部は戦争の勝利のために祈り、支持するために献金もしました。口ではキリストが王だと叫びましたが、実際には、自分たちが王になりたかったのです。しかし、すべての教会、すべての人がそうではありませんでした。意識のある教会、目を覚ましている人々は、彼らと別れ、彼らに対抗した教会や人々もいました。私たちが知っているボンヘッファーというルーテルの牧師も、当時のパラダイムとヒトラーに対抗していた人物でした。日本では、矢内原 忠雄(やないはら ただお)という人物がいました。神さまはそのような人々を通して、教会とこの世を導いてくださったと思います。

世界大戦が終わってから、75年以上になりました。
しかし、その時も今も、私たちが生きているこの世は、大きな差がないようです。この世はまだ私たちをお金と力で誘惑します。そして多くの人々は、この誘惑に陥って、富と権力を王にして生きていくようです。しかし、私たちは、イエスさまのみが王だと信じている私たち教会は、このような誘惑に対抗しなければなりません。お金と力を求めているこの世の中で生きていますが、私たちの王は、ただイエスさまだけだと叫ばなければなりません。これが真の信仰であり、聖書の教えだと思います。今日の福音書は、私たちに教えてくれることも、これと同じです。今日の福音書であるマタイによる福音書25章は、イエスさまが十字架につけられる前に弟子たちに与えられた最後の教えです。弟子たちはこの教えに従って、賢い五人のおとめのように、タラントンをもうけた僕のように、最も小さい者を助けた人のように、生きなければなりません。

私は、今日の福音書が当時の信仰のパラダイムを変えること、ユダヤ人の信仰に挑戦する言葉だったと思います。今日の福音書の書き出しに書いてある羊とヤギの言葉は、イエスさまがエゼキエル書34章の言葉を引用なさったことです。羊とヤギについての区別がエゼキエル書と少し違いますが、言葉の内容が裁きであることは同じです。イエスさまが栄光のうちに天使たちと共に来られるときには、羊飼いが羊とヤギを分けるように、すべての国の民を分け、彼らを裁くのです。そしてイエスさまは、このたとえを通して、ご自分に与えられた裁きの権利について言われます。

ユダヤ教の考え方の中で、終わりの日の裁きは、メシアに与えられた権利でした。
私たちは、イエスさまの再臨を待っているように、ユダヤ人たちもメシアの臨在を待ち、今も待っています。ところが、ユダヤ人のメシアは、私たちのメシア、イエスさまとは違います。ユダヤ人のメシアも救いと平和のメシアですが、その中心には選ばれた民のメシア、すなわち、ユダヤ人のメシアというイメージが強いのです。当時、ローマの支配を受けたユダヤ人たちは、自由と解放を望んでいました。だから、彼らが待っていたメシアは、自分たちをローマから解放させ、自分たちをローマのように強くしてくれるメシアでした。彼らにとっては、神の国も自分たちが中心となる神の国でした。イエスさまに従っていた人々も、さらに弟子たちも、このような考え方を完全に捨てることができませんでした。そして、私たちキリスト教でも、このような考え方を一部分持っていると思います。私たちだけのための救いは、この世で信仰生活をしていたことに対する報い、クリスチャンが中心となった神の国など... 私たちがこのような考え方を捨てなければ、私たちもユダヤ教と違うところはないのです。

イエスさまは、このような考えを持っている人に、考え方が間違っているということを教えてくださいます。神の国とメシアは、彼らの考え方のようには臨まないということです。そして、誰が神の国を受け継ぐかも、話してくださいます。それが35節から40節の言葉です。40節にイエスさまは、このように言われます。
「そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」
ここで、王はイエスさまですね。イエスさまがご自分を王として表されたのは、ご自分が神さまがお遣わしになったメシアであり、ご自分だけが裁くことができる権利を持っているという意味だと思います。そしてイエスさまは、王として、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」と言われます。最も小さい人を助けて、世話してくれた人、その人が神の国を受け継ぐのだと言われます。

ところが、この言葉は、当時のユダヤ人たちの信仰と対立することでした。
彼らは神を信じて律法をよく守れば、この世でも強くて、豊かに生きることができると思いました。一方、貧しくて、病気にかかって、牢にいるのは、神の御言葉に従って生きていないからだと思いました。神に選ばれた人であれば、この世では豊かに暮らし、後には、神の国を受け継ぐのだと信じていました。だから彼らは、自分たちを富強にしてくれるメシア、自分の国を一等国にしてくれるメシアを待ち望んでいたのです。この世でも、そして天国でも、主人公になることが、自分たちの信仰による報いだと思いました。

しかし、イエス様はこのような考え方、このようなパラダイムを完全に変えて言われます。
強くて豊かに暮らしている人が天の国に入るのではなく、貧しくて病気の人、牢にいる人々を助ける人々が、天の国を受け継ぐのだと言われます。イエスさまの言葉には、律法を守れ、祝福を受けて成功しなさいという言葉が一言もありません。一等国になり、世界を支配して、ご自分の御名をこの世に知らせなさいという言葉はありません。イエスさまは、最も小さい者の一人にしたのは、ご自分にしてくれたのだと言われました。そして、彼らが天の国を受け継ぐのだと言われました。むしろ、神さまを信じて律法を守っているとはいえ、自分のために生きている人、この世の成功のために生きている人には、天国が与えられないのです。隣人の不幸に関心がない人、小さい者を世話しない人は、王であるイエスさまのために何もしなかったからです。そして、彼らには、彼らにふさわしいことが与えられるでしょう。小さい者を助けて生きること、小さい者と共に生きる人々に、天の国が与えられるのです。この言葉に従って生きている皆さんになりますように、そして、低いところで小さい人々と共に生きていく私たちになりますように祈ります。アーメン。

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